現地に残した”傷”と”願い”~学生団体で活動した私の気づきと想い~

今回は、NPO法人コンフロントワールドに所属する白石大樹(しらいしだいき)が執筆しました。大学生(5年)である傍ら、人材会社で働き、弊団体でも活動を続ける彼の想いを、覗いてみてください。

 

※本稿では、私の経験上により学生団体という括りにしていますが、学生団体に限らずとも”国際協力を行う全ての組織”に通ずると、ご認識いただけると幸いです。

 

私は2017年度の1年間(当時は大学2年)、某大学の学生団体に所属し、フィリピンで教育支援を実施していました。春と夏の長期休暇に約3週間ほど渡航し、実際に現地のローカルコミュニティに入って、(主に)小学生を対象とした授業を展開するというものでした。授業内容は、フィリピンの教育カリキュラムを補助するような位置付けとしてではなく、コミュニティが抱える課題にフォーカスして構築し、若年層からの意識改革を目的に提供していました。

 

例えば、フィリピンでは古くからゴミのポイ捨てが重要課題であり、当コミュニティも同様であったので「なぜポイ捨てがいけないのか?」について、環境破壊や生態系への悪影響などの観点から話をしたといった具合です。

(筆者:右。プロジェクターなど高価な機械がないため、画用紙を準備した)

私の所属していたサークルでは、授業以外にも、現地のコミュニティと親睦を図るために運動会や縁日などを企画して開催したり、ホームステイ(HS)を通して寝食を共にしたりするなど幅広い活動をしていました。HSや運動会などの企画が功を為し、私たちは深く、強い絆を形成することが出来たのです。

玉入れの様子。玉入れの棒を持つ筆者。現地で拾った長い木とバケツで作成

 

※補足:私たちの代で支援地が変わり、互いに初めましての状態だったので、「いかにして信頼関係を構築するのか?」を意識して企画・実施しました。

 

支援者としての立場ではなく、”友だち”という存在として関わり続けた(意識し続けた)私たちは、

 

「今度はいつ来るの?また絶対に来てね!」

「何もしなくてもいいから…。来てくれることに意味があるんだ…。」

「本当に大好き!」

 

と、沢山の有難い言葉や手紙をいただきました。

 

国を超えて、交わることがなかったであろう人達と、ここまでの絆を形成することが出来るのかと心底感じ、大学2年時に訪れた2回の渡航は幕を閉じたのです。

 

その後、「国際協力をもっと真剣にやりたい」「現地にとって価値あることを提供できるようになりたい」などの想いから学生団体を引退し、大学3年時にはNPO法人(現所属)へ転身。その間もフィリピンの支援地を忘れることは全くなく、むしろそこに想いを馳せながらどのようなことが出来るのかを模索し続けて来ました。 

 

時は、2018年3月。大学3年も終わりに近づき、今度は学生団体の一員ではなく一人の人間として当時の支援地に再訪しました。諸事情により、所属していた学生団体はその支援地での活動を撤退しており、(元ではありますが)組織の人間がその地へ足を踏み入れること自体が久しいものでありました。

 

再訪するや直ぐに、僕ら(※当時のメンバー1名が同行)の姿を見かけた子ども達が寄ってきて、

 

「来てくれて本当にありがとう!」

「会いたかった…。」

 

などと声をかけてくれたのです。また、当時お世話になっていた大人の方々と抱擁を交わし、涙を流しながらの再会となりました。2泊3日という時間を過ごす中で色んな人や場所に顔を出し、世間話に花を咲かせました。団体を引退したこと、夢が出来たこと、将来のキャリアについて、大学の話や日本の最近についてなど、本当にざっくばらんに。

ホームステイ先の家族。バイクで山の麓まで送ってくれる際に撮った写真

そんな最中、本稿を書くに至った出来事が起きました。それは、支援していたコミュニティの小学校で校長を務める女性に会いに行った時でした。握手をし、写真を撮り、振舞ってくれた料理を共にしているとき、

 

 

「いつ、●●(団体名)は私たちのところに帰ってくるの?子ども達が会いたがって仕方がないの。『いつ来るの?』ってずっと言っていてね。寂しくて泣く子もいるんだよ。彼らをなだめるために、『またいつか絶対に来るから…』としか言えないのよ……。」

 

 

それを聞いた瞬間、強い罪悪感に苛まれました。(団体として撤退を決めているが故に)もう二度と団体としてこの地を訪れることはない、そう言えるはずはありませんでした。

 

「僕らが訪れるのをどれだけ強く待ってくれているのだろうか?」

「子ども達に、寂しい想いをさせてしまったのだろうか?」

「安易に会うべきではなかったのか?」

「なぜ僕は団体を辞めたのだろうか?」

「なぜ…。」

 

「僕らが子ども達に残したのは、”大きな傷跡”だったのか…?」

 

色んな思考が頭を回りました。どれだけの時間考えても考えても、答えは出ません。あるのは、子ども達が寂しい想いをしていること、そして、僕らがかけがえのない時間を共有したという事実だけでした。

 

今でも、私が現地で活動した(訪れた)ことは、時々間違いだったのではないかと思う瞬間があります。「あの経験があったからこそ、今もNPOで活動できている」「現地の方にとっても、外国人である私たちと交流できたことに意味がある」など、この話をすると言っていただけます。僕もそう思う(思いたい)反面、泣いてしまうほど寂しい想いをさせてしまった事実を聴き、完全に割り切れないのです。

 

本当は会わない方が良かったのか?

 

私はこの問いを、一生かけて探っていくことになるでしょう。

 

*注:僕は、「学生団体が途上国支援をするな!」と言うつもりは全くありません。むしろ、無給で活動し続け、年に数十万ものお金を出して、”現地の人達のために”という想いを胸に、一心不乱に取り組み続ける彼ら(僕ら)は本当に素晴らしいと思います。(国連やJICA、NGOなど)国際協力セクターに進む人が少ない中、国際協力に根差す方々を増やす意味合いでも、能力値関係なく参画できる(敷居の低い)学生団体は存在して欲しいです。